土銀ワンライ『お互いの好きなところ』
「ないね」
銀時ははっきりと言い放った。反対側に座る土方も顔色を変えず、タバコをふかす。真ん中の沖田だけが目を見開いておおげさなリアクションをとった。
「え~~?ひとつもですかぃ?」
銀時が一人で飲んでいたところに出くわした土方沖田がそこに座ってもう二時間ほどが経っている。藪から棒に「お互い好きなところ言ってみてくだせえよ」と尋ねてきた沖田は、酔っているのかそれとも何か企みでもあるのか。その子供のすることは、些細なことでも油断がならないと両端の大人はよくわかっている。
「ないよ」
「ねえな」
初めて意見が合ったな、と言わんばかりに端と端で目を見合わせて、そしてまたすぐそらして二人は酒を飲んだ。
「ほんとですかぁ?ここだけの話、お二人噂になってますぜ」
「へぇどんな?」
「二人はできてるって」
「ねぇな」
「笑えるわ、それ」
この子供だけじゃない。その手の噂も、やたらめったら否定したり火消しに奔走すればするほど盛り上がるものだとやはり大人はよくわかっているのだ。土方はただタバコと酒を交互になめて、銀時は「どんな噂?聞きたい聞きたい」などと却って興味を示して身を乗り出した。
沖田を挟んでまるでお互いには興味はなく、鉢合ってしまったから仕方なく座っているといった顔で二人の会話が絡まることだけはなかった。
沖田も、ま、そりゃそーか、と途中から話題に飽きたのか納得したのか、それには触れなくなった。
店はまだがやがやと賑わっている。二十三時を回った頃、10名ほどの団体がどっと店を出てゆくのにカウンター周りは騒がしくなって、それもじき引いた。すると沖田が、厠に、とふらつく足で席を立った。
「ふらついてんぞ。厠から戻ったら帰るぞ、総悟」
「えーそんなこと言わずに、土方さん、もうちょいと飲みましょうや。財布がいなくなると困るんで」
「誰が財布だ」
どうせ話題も尽きてきたところだ。銀時もときどき首を垂れて眠そうにしているし、土方もちびちび酒をなめていたが今夜はこれ以上酔えそうにない。つまらないと思い始めていた。沖田はいやに足元がふらついていて危なかしい。厠の前で壁に激突していたのを見送って、土方は一つため息をついた。
「ないの?」
ひとつ席を空けて隣の男が、項垂れて酌をねだった。土方は手元の徳利から、最後のひとくちをくれてやった。
「…てめぇこそ」
「俺はあるよぉ。けど人にゃ聞かせらんねえようなのばっかだもの」
「そりゃぜひ聞きてえな」
そうやって時々、人の目を盗んで二人は視線を絡ませて、情を絡ませていた。もっと人目のないところでは、それはそれはもっと、熱烈に。
「おめぇは?ねえの?」
先に無いと豪語したのは自分のはずなのに、銀時は口を尖らせる。
二人がそうなったのはつい三ヶ月前のこと。噂がたつにはいい頃合いだし、まだまだ二人でいることが特別で楽しくて仕方がない頃合いでもある。もちろん、それを上手に隠すのが大人の飲み方だと知っていながら、あの鋭い子供の監視から逃れれば、少しは惚気たくもなる。
要するに、本当は子供さえいなければすり寄ってテーブルの下で手を握ったり、膝を触れ合わせたいくらいにはまだまだ熱を帯びている時期であった。
「知りてぇか」
「銀さん知りたいな」
そんな甘えた口ぶりも、まだ酔えば溢れてしまうし土方も悪い気はしない。傍から聞けば耳をかきむしりたくなるような蕩けた惚気の応酬だ。
「次のときに」
土方が低く返したそれには、惚気の上にちゃっかり次の約束と昂る予感まで。
その時、子供が戻ってきた。先ほどとは打って変わってシャキシャキとした足取りで席へ戻り、それではと帰り支度をはじめた。そして席の下から取り出した携帯電話を開き、ボタンを押すとペロリンと妙な音がした。
「ああ~~~いっけねぇ。俺ァ酔っ払って録音なんざしちまってましたァ。いけねェいけねェ。さ、土方さん帰りますぜ」
持っていたお猪口を落として、それが弧を描いてぐわんぐわんと踊ってとまる。酒はお猪口からだけでなく、銀時の口からも溢れ出た。土方の灰皿へ落としたつもりの灰も、そとへこぼれた。
「そんじゃ旦那。ここはウチが」
銀時に目配せしながら、沖田は拾い上げた伝票を土方に押し付ける。
「土方さん、ごちそうさまでした」
満足そうに店を出る子供と、勘定をしながら、または机に突っ伏しながら、心の中で泡を吹く大人二人の、春の夜のことだった。