土銀ワンライ『汁粉』

2019年02月12日

 第一志望の大学に合格して、地元より少し都会に飛び出した。
 バイトはほとんど生活費に消えるし、自分で作る飯は不味くて自炊なんかすぐに諦めた。だけど学費は親が出しているし、仕送りのおかげで家賃は払えている。お年玉を貯金していたおかげで自動車免許も自力で取れたし、大学の仲間と、安い居酒屋で時々飲む金くらいはある。平均、いや、やや平均以上の恵まれた環境で俺は満足のいく大学生活を送っていた。
 帰省するのは、大学に入ってから3度目だ。1年の夏と正月。2年の夏は、バイトのシフト上どうしても連休が取れなくて帰らなかった。さすがに成人式は帰らせてくれと、今月のシフトはだいぶ前からバイトリーダーに提出していたのだ。

 幼稚園から一緒のメンバーのほぼ半分が高校まで同じというド田舎で育った。
思ったとおり、派手だった奴はヤンキーになっていたし、父親や母親になっている奴もいた。仲の良かったメンツはほぼ大学進学していて、俺と同じ帰省組。親が用意した袴やスーツを着て集っていた。

 その中に、あいつはいなかった。
 進学校だった母校で、あいつは学年でただ一人の就職組。経済的な理由だと聞いていた。奴には両親がいない。高校の頃から一人暮らしをしていて、学年で一人だけアルバイトが許可されていたっけ。
思えばあの頃からあいつは働いてばかりいた。俺達が部活帰りにコンビニでコロッケを買い食いする日も、俺が初めてできた彼女と一緒に帰っていた冬の日も、あいつは「バイトあるから」と言って自転車で真っ先に帰って行った。

「坂田、成人式来ないって。仕事だってさ」

 それを聞いたとき、いくらなんでも成人式くらい休ませてもらえないのかと思う反面、あいつらしいとも思った。
 俺が知るあの時のままなら、あいつは旧友との再会を懐かしむヒマがあるなら働かなきゃ、っていうタイプだ。成績もそんなによくはなかったし、決して勤勉そうなタイプには見えなかったのに、親の仇のように働いて金を稼いでた。取り憑かれたように。当時はそれ以外にすることがないのか、と思ったものだが、今なら少しわかる。生活のほんの一部でも自分で稼ぐようになった今の俺なら。
あいつは、それだけ貧しかったということだ。

 来ないとわかってしまえば、やたら奴の面影が脳裏によぎる。
 旧友と近況報告をしたり、当時数ヶ月だけつきあった女子に声をかけられたり、二次会の話が出ても、俺はどこか上の空だった。「坂田と最近会ったか」と誰に聞いても、会っていない、知らないという返事ばかり。二次会にはもうすっかり行く気が失せていた。
そうしていると、一人が言った。

「とんでもねえブラックに勤めてるらしいよ」

 成人式にも出させてもらえないのだ。そりゃ限りなく黒い会社なんだろうとは思っていたが本当らしい。曰く肉体労働で、夏冬問わず外で動き回っているそうな。真っ白なもやしっ子みたいだった坂田銀時は、今やこの街唯一の駅前繁華街を歩けば誰もが振り返るほど逞しく成長したという。
 だが、その目は日に日にうらぶれて、まるで夜叉の様。妙な薬でもやってんじゃねえかと、同級生の誰かが嗤った。俺が言ってんじゃないよ、そういう噂が立ってんだよ。と。

 まだ何者にもなっていない学生の俺が、一足先に社会に出て荒波に揉まれ逞しく生きている同級生に劣等感を持ったって仕方ない。同じ土俵に立てていないものだから、誰も俺達を比べやしないだろう。
 俺が感じた焦燥感は、そういうことじゃなかった。
 親の用意した似合いもしない袴を着て、こんなところで酒を飲んでいる俺と、あいつの、何がそんなに違うというのだ。
 自由や青春とは程遠い高校生活を送った坂田が、誰より働いてきた坂田が、恐らく貧しさのあまり選択肢がなかったばかりに今もなにかに縛られているのだとしたら。
 坂田は自由になるべきだし、俺は坂田に少しでも近づくべきだと感じた。
まだ何者にもなっていない俺だから、できることがあるはずだった。

 気づくと走り出していた。
 着慣れない袴が足を縺れさせる。見慣れた旧国道を走り、まず自宅へ戻ると、真っ赤な顔で着崩れた袴姿の俺を見て母親が悲鳴をあげる。だが構っていられなかった。
 もどかしく剥ぎ取るように袴を脱いで、今朝まで着ていた普段着に着替える。そしてもう一度家を飛び出した。

 俺には当時、彼女がいたし、大学に入ってからも二人つきあった女がいた。それだけじゃない。大学一年で初体験も済ませたし、男の尻を追いかけたことなんてこれまでの人生ただの一度もありゃしなかった。坂田のことだって、妙な奴だとしか思っていなかった。妙な奴だし、なんて生き辛そうな奴だとしか。
 だけど、今の俺だからわかるのだ。今、あと一年もすれば何者になるべきか道を見出さなきゃならない。そのことに足が竦んで、どうしようもない焦燥感に駆られている今の俺だから。本当は、まだ二十歳やそこらで、道なんか絞れるはずがないのだ。
 俺達には、まだまだ夢見る明日がある。
 そのことに、お前だからこそ、気づいてほしいのだ。もう一度笑ってほしいのだ。俺に。

 慌てて人に聞いた坂田の住まいは、随分と入り組んだ場所にあって柄も悪かった。
鉄筋コンクリートの渋いマンションの入り口に立つと、集合ポストに「坂田」の名を見つけ、俺は大きく息を吸い込む。
 高校時代の坂田の記憶を辿った。唯一鮮明に覚えている坂田は、無邪気な笑顔で俺に言った。

「購買の自販機にも汁粉おいてほしいよな」

 真冬のことだった。ちょうど、今夜みたいに吐く息が白くたちのぼる、寒い日だった。高校の購買部の外。部活前の俺に声をかけてきた銀髪の男。学ランが恐ろしく似合っていなかった。俺の知っている坂田は、それが最後だった。

 マンションの外にある自販機には、百三十円で温かい汁粉が売っていた。俺は小銭を投入し、祈るような気持ちで、汁粉のボタンを押した。


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