土銀ワンライ『 約束 』
2018年07月07日
あれの姉貴に限らず、俺は決まった相手も作らず所帯も持たぬと決めてきた。
そんな暇もないし、今の生活をおくるようになってすぐに気づいたからだ。俺には何一つ約束ができないということを。
苦労をかけないとか温かい家庭を築くどころか、必ず帰ると目を見て言ってやることもできない。例え愛しても、その手を取る資格などないと。
誰に話すようなことでもない、ただ心の中で取り決めた静かな諦めのようなものだった。ただ、ただ一人。酔ってたまたま隣にいたので話してしまった相手がいる。万事屋の野郎だ。
話の流れで他意はなく、ぽろりと零してしまった程度だった。
奴もその日はいい加減に酔っていて、とろりとした目を二度瞬かせた。興味なさげに流されるものとばかり思っていた(だからこそ零してしまったと言っていい)のに、奴は額をかいて言ったのだ。
「決めつけなくてもいいんじゃねーの、そんなのさ」
いや、それでも考えは変わらないのだと俺は返す。
「約束なんざ、誰にだってできねーもんよ」
低くつぶやくそれは、投げやりな語尾がいかにも実感のこもった声で、奴は果たして誰かと約束をしたことでもあるのかと思った。普段は興味もない野郎のこころの裏側について、少しだけ思いを馳せる。
箸の先で食べ残した野菜を集め、まとめて口に入れる奴の顔を、酒に酔っていなければこんなに近くで見つめたりはしなかっただろう。
俺の視線に気づいた奴が振り返っても、俺は目をそらさずにいた。
「例え生きてたってさぁ」
そう言って、奴は話を締めくくった。
奴が一体、誰と約束を交わし、それが果たして守られたのか否か。それとも今でも奴は、誰かの約束のために生きているのか。
覗き込めば見透かせるものでもないのに。俺はそれが知りたくなり、奴のうつろな横顔をいつまでも眺めた。